2017/06/14

カーミングシグナルの学問的検証と犬語の翻訳力

(photo by Kapa65 )

この記事はdog actuallyに書いた記事の再掲載ではなくて、新しく書いたものです。
SMILES@LAに書くにはちょっと堅いかな、daがあったら記事にしていただろうなというような話題は、せっかくアカウントがあるのでこのブログに書こうと思います。

2017年4月、イタリアのピサ大学獣医科学科の研究チームによって『イエイヌにおける同一種内の視覚的コミュニケーションの分析〜カーミングシグナルに関する予備的研究』という論文が発表されました。
要は、今までは熟練のドッグトレーナーの経験に基づく観察を記号化したものであったカーミングシグナルという概念を、データと統計を取ることで学問的に検証して裏付けを取ろうという研究です。意外なことにカーミングシグナルの正式な研究って今までなかったんですね。

念のために記しておくと、カーミングシグナルというのはノルウェーのドッグトレーナーであるトゥーリッド・ルガース氏が2005年に著した『カーミングシグナル〜犬語でおしゃべり』において初めて使われた造語です。意外と新しい言葉なんですね。
Calming=落ち着かせるの言葉通り、他の犬(または人間、他の動物)との関わりの中で、自分自身を落ち着かせたい時、相手を落ち着かせたい時に見せることが多いシグナルなので、このように呼ばれます。


(illustration by Lili Chin )

ピサ大学の予備研究のデータを取るために集められたのは24匹の家庭犬。オスメス半々の12匹ずつです。
それぞれの犬を「お互いによく知っている同性の犬同士」「初めて会う同性の犬同士」「よく知っている異性の犬同士」「初めて会う異性の犬同士」という組み合わせで対面させ、どのような行動やシグナルを見せたかを観察してデータを取っていきます。こうして2130のカーミングシグナルが集められました。

分析の結果を簡単に紹介すると、犬同士の物理的な距離が近くなるほどシグナルを出す回数は増えました。また身体的な接触があった場合はさらにシグナルが増えました。
初対面の犬同士の場合は、なじみの犬との場合よりも多くのカーミングシグナルが見られました。
これらの結果から、従来言われている通り、犬はストレスを感じている時にカーミングシグナルを発するということが言えます。

犬同士が対面してストレスを感じていれば、当然ながら攻撃的な行動が出ることもあります。観察研究の中では109例の攻撃的な行動が見られました。興味深いことに、これらの109例の攻撃行動の前にはカーミングシグナルは確認されていませんでした。
また攻撃行動の後には67%に当たる73例で攻撃された側の犬が相手に対して少なくとも1つ以上のカーミングシグナルを発するのが確認されました。さらに73例のうちの79.4%に当たる58例で攻撃行動が収まり落ち着くのが確認されました(まさにカーミングシグナル!)
攻撃行動がさらにエスカレートしたのは4例、変化がなかったのが11例でした(どこの世界にも話の通じない相手というのはいるんですね。)

これらのデータから、カーミングシグナルは確かに自分自身と相手を落ち着かせる働きをしているという結論が導き出せそうです。

論文のタイトルに『予備研究(A pilot study)』とある通り、より明確な結論を出すためには、もっと多くの観察データを集めて統計を取ることが必要だそうですが、トゥーリッドさんのカーミングシグナルは科学的にも裏付けが取れそうな方向は間違いなさそうです。


(photo by PaelmerPhotoArts )

犬に関する研究では、犬と暮らしている人にとっては当たり前と思われることを実験や統計で裏付けを取ることが多々有ります。このカーミングシグナルの研究にしても、学問的な裏付けを取って犬の仕草や行動を検証することで、より精確な犬語の理解につながります。
言ってみれば、現在のカーミングシグナルの理解は「辞書はあるけれど、文法を説明した参考書はない状態」と言えるかもしれません。熟練したドッグトレーナーの中には母国語のように犬語の文法が自然と身についている人もいます。けれど大多数の普通の犬の飼い主、特に初心者飼い主ではカーミングシグナルの本という辞書を読んでも、犬が行動で語りかける言葉を翻訳するのは至難の技ということもあります。

英語を習い始めたばかりのころ、辞書を引くとひとつの言葉にものすごくたくさんの違う意味があって「え!?どれ?」と思った経験のある人も多いのではないでしょうか。機械的に一番最初に載っている訳語を使っていくと、オンラインの機械翻訳みたいな意味のわからない日本語になってしまいますよね。

今はネットで玉石混交いろんな情報を目にするけれど、犬語の翻訳についてもオンラインの機械翻訳みたいな、前後の関係に目が行っていない解釈に出会うこともよくあります。
実世界でも、散歩中やなじみの公園で「この仕草はストレスの証拠よ!」とか「大丈夫。敵意はないってサインを出してる!」とか、「いや〜この場合は違うんじゃないの?」という状況でも自信たっぷりに持論を展開する人いますよね。

かく言う私もまだまだ未熟なヘッポコ犬語翻訳者ですが「辞書で基本的な意味を知っておくことは絶対必要。でも2つ目3つ目の意味や、他のちょっとした言葉(=仕草や吠え声)と組み合わさった時の変化にも注意をしておかないと、まったく間違った解釈をしてしまうかもしれない」ということは意識して心に留めています。

ピサ大学の研究は今も継続中の様子ですので、また続きの論文が発表されることと思います。より細かい部分まで踏み込んだ犬語の参考書ができるのを楽しみに待っていたいと思います。

【参考サイト】
 Analysis of the intraspecific visual communication in the domestic dog (Canis familiaris): A pilot study on the case of calming signals” 


2 件のコメント:

  1. 非常に興味深いですね。これはDA級の話題でしょう。尻尾ふってるから楽しいとか、人間のように笑ってるからハッピーな犬だというような勝手な解釈をする人もいっぱいいますよね。逆にうちの犬は遊びたいんだ!といってこちらの犬が拒否してることを無視しちゃって自分の犬主導みたいな感じもあって、犬社会プラス人間社会はさらに翻訳が難しそうです。

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  2. 安二郎 ozさん
    コメントありがとうございます。この研究、本当に興味深いですよね。
    おっしゃる通り、犬語の理解よりも人間同士の方が言葉が通じない時ありますよね(笑)
    同じ日本語同士、英語同士で喋ってるのに、なぜ通じない!?とか相手の言ってることが理解の遥か外とか。
    犬と人の方が理解し合えることってありますね。

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